”橈骨動脈の穿刺”

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患者さんのカテ室までの往復をどうするか?

 多くの病院では、TRA/TRIの患者さんは車椅子で病棟とカテ室を往復します。
 しかし中には、”心カテも胃カメラなどの検査と同じ侵襲なので、同じように自力歩
行にてカテ室と病棟を往復させるべき”という信念をもってそのようにされている先生
もいらっしゃると聞きます。

First Choiceは右Radialか?、左Radialか?
 いろんなTRA施設を知っていますが、ほとんどの施設は右Radialを第一選択として
います。
 右Radialを第一選択にする理由
1,そもそもカテ室というのは、TFI用に作られていて、機器は術者の右側に術者が
立って造影するように配置されている。術者が患者の左側に立って手技を行うのはいろ
いろ制約がありすぎる。
2,最近は左RadialをバイパスのFree Graftとして心臓外科が使用することが増えてい
るので、その時のためになるべく左Radialは温存したい。

 左Radialを第一選択にする理由
1,手技が終わって圧迫止血する時のことを考えると、右手(利き腕)が使えるように
左Radialから行った方が良い。
2,万が一トラブルがあった時にも利き腕は温存しておきたい。

私自身は右Radialを第一選択にしています。


右Radial穿刺時の患者の体位
 右Radialからアプローチするときに患者さんの体位は2通りに分かれます。

1,患者さんの右手を体側に付けるようにし、患者ドレイプもTFI用と同じものを用
い、右TFIの感覚で行います。専用の手台で手首を持ち上げるようにする施設もあり
あます。術者の作業場は患者さんの両足の間(TFIの時と同じ)です。

2、患者さんの右手を体側から離して、30度〜45度に広げて行います。これだと右手を
載せるための手乗せ台が必要です。この場合の術者の作業場は、手乗せ台の一部となり
ます。

私は2の方法で行っています。
しかしこの方法だと、LAO30-40度以上に振ればアームの下の方が手台に当たります。私
はLAO30-40度以上に振るビューを撮影しないので構わないのですが、LAO60-90度の撮影
をする流派の施設では、この場合の手台は邪魔になる可能性があります。
右Radialアプローチ用 手乗せ台


トノクラが製作したTRA用手乗せ台


左Radial穿刺時の患者の体位(術者の位置)

 左Radialを穿刺するときの患者さんの体位は、以下の3つがあるようです。

1,左手首を軽く曲げ、患者さんの左ソケイ部付近に持ってきて、そこで消毒しドレー
プを掛け、術者は患者さんの右側に立ち、患者さんの上をまたぐように左橈骨を穿刺、
シースを入れて、そのまま手技を行う方法。

左手首を左ソケイ部付近に固定する。
患者さんの上をまたいで左穿刺


2,左橈骨動脈を穿刺するときだけは術者が患者さんの左側に立ち、消毒、穿刺、シー
ス挿入までを終わらせたあと、左手を左ソケイ部付近に固定し、術者が患者さんの右側
に回り、カテの挿入を行う方法。

3,初めから手技の最後まで、術者が患者さんの左側に立つ方法。

私は1番の方法で行います。


 橈骨動脈穿刺の位置とコツ

 橈骨動脈穿刺の場所は、橈骨動脈が良く触れる所で、手技後の圧迫止血を考えて、あ
まり手関節のしわに近くないところで、長さ2cm 位の範囲が良い場所だと思います。
(具体的には手関節のしわから2〜4cmの間ぐらい)

右橈骨動脈の穿刺


 橈骨動脈は、大腿動脈、上腕動脈より細いため、キシロカインを皮下に注入し皮膚を
膨隆させるとどんどん触れにくくなり、穿刺条件が悪くなります。そこで、”貼る麻
酔”(ペンレス)をあらかじめ橈骨動脈穿刺部に貼っておきます。ペンレスは1〜2時
間ぐらい貼ると効きめが良いそうです。

 穿刺前にキシロカイン皮下麻酔をするところもありますが、私は奨めません。という
のは、皮下麻酔のため皮膚が盛り上がればそれだけ動脈触知が悪くなり、穿刺成功率が
落ちるからです。穿刺は第一撃が一番条件が良くて、第二撃、第三撃はどんどん条件が
悪くなります。TRAで術者にとって一番のストレスは穿刺です。穿刺が成功すれば、TRA
の95%が終わったも同然です。ですから、なるべく最初の一撃で橈骨動脈をゲットする
には皮下麻酔は邪魔です。
(ただし、橈骨動脈穿刺に慣れてきたら最初の皮下麻酔もOKだと思います)

 よく考えてみてください。研修医などが橈骨動脈から動脈血ガス用の採血をする時、
あるいは麻酔科医がICUで持続動脈圧を取るために橈骨動脈にカニュレーションする時
に皮下麻酔なんかしていますか? TRAの穿刺だって同じ条件です。だから皮膚を膨隆
させずに麻酔ができる”ペンレス”がお奨めです。確かヨーロッパでは、貼る麻酔では
ないですが塗る麻酔(リドカインゼリー)のTRAにおける麻酔効果の論文が出ていまし
た。もちろん結論は”塗った方が良い”でした。

 ただし橈骨動脈をワイヤーでゲットしたあとは、シースを入れる直前にたっぷり皮下
麻酔をします。

ペンレスは時々看護婦さんがポイントを外すので、当院では念のため広い範囲に2枚貼
ってもらっています。1枚50円ぐらい?

 術者は患者の右手と平行に立っても、患者の手首の先の方に直角に立っても良いと思
います(どちらでも穿刺しやすい方で)。

  左橈骨動脈アプローチの時には患者の左手を軽く曲げて、左手首を患者の左ソケイ
部付近に固定し、左大腿動脈穿刺と同じ感覚でします。施設によっては、術者が患者の
左側に立つところもあるようですが、アームの位置、モニターの位置を考えないとでき
ません。

 橈骨動脈は他の動脈より細く、浅いところにあるので、穿刺針はなるべく細く、短い
ほうが穿刺しやすく、当院では22Gの短い針で、チョンと刺します。穿刺はより確実な
“貫壁穿刺”が良く、“前壁穿刺”を試みてワイヤー挿入に失敗するよりも、“貫壁穿
刺”をして確実にワイヤーが血管をとらえる方が良いと思います。貫璧穿刺をしても、
橈骨動脈の向こう側からどんどん出血することはありません。

 橈骨動脈穿刺は、1回目の穿刺が一番条件が良く、2回目、3回目を回数が多くなる
とhematomaなどで穿刺条件がどんどん悪くなります。”最初のうちに確実に橈骨動脈を
ゲットする”つもりで神経を集中してください。

 穿刺に成功したら動脈血のバックフローを確かめ、ワイヤーをそっと挿入し、抵抗が
なかったら上腕動脈から肩付近まで通して、本管に入っているかどうかを透視で確認し
ます。抵抗があったら必ず透視で確認して下さい。時々橈骨動脈から上腕動脈に入ると
きにワイヤーが枝に入ることがありますので気を付けて下さい。

 上腕動脈本管に入っていることを確認したら、そのまま穿刺針の外筒を押し込み、そ
の後キシロカインによる皮下麻酔を行います。

穿刺針の外筒を押し込み、皮下麻酔をしています。

その後穿刺針の外筒を抜き、シースを挿入します。皮膚が硬く挿入困難の時はカット針
を使用します。必ず皮膚をカットしなければならないなんてことはありません。言わん
や、穿刺前に皮膚をカットしておくなんてナンセンスです。

<私は以前カナダのビクトリアであったTRIライブで、ある外国人先生が、皮膚にカッ
トを入れてから穿刺をするのですが、なかなか入らず、結局10回ぐらいカットを入れた
のを見ました。そのおかげで、患者の右手首はまるで”自殺未遂のためらい傷”のよう
になってしまいました。>

 シースのフラッシュラインからペパリンを入れます。(私は診断カテ3000単位、PC
I8000単位にしています)

 橈骨動脈スパスム予防の薬剤(カクテル)は当院では入れていませんが、もし入れる
なら、シース挿入前の穿刺針外筒から注入した方が良いと思います。(最近ではカクテ
ルを入れている施設はほとんどないようです)


シース挿入までの合併症

 橈骨動脈が微弱の時はためらわず上腕動脈か大腿動脈穿刺に変更しましょう。初期に
は橈骨動脈が良く触れるのに、なかなか穿刺できないこともあります。何度も同じ所を
穿刺していたら内出血などにより橈骨動脈がますます触れにくくなり、どんどん穿刺条
件が悪くなるとともに、術者はパニックに陥ります。そうなる前に穿刺者を変えたほう
が良いでしょう(上手、下手ではなく人手を変えれば入ることがあるのです)。

 最初は穿刺に苦労していましたが、数10から100例ぐらい穿刺したらコツがわかり、
徐々に上手になってきます。

 穿刺ができてもワイヤーが本管を肩まで上がらないことがあります。ほとんどが上腕
動脈から橈骨動脈と尺骨動脈が分岐するところ(肘付近)の問題です。ワイヤーの先端
を曲げたり、他の人が患者の皮膚の上から指で動脈を押したりしてもワイヤーが通過し
ないときには、穿刺針の外筒から造影をして血管走行を確認して下さい。まれに橈骨動
脈(尺骨動脈)がループを形成していることがあるので、その時は無理をせず、別のア
プローチに変更します。

 また、穿刺が成功後ワイヤーも肩まで上がったことを確認しシースが無事に入ったの
に、ガイドワイヤーやカテーテルが上がらないことがあります。これも動脈走行異常で
すが、シース付属のワイヤーが細いため、枝を通過し肩まで上がったのを上腕動脈本管
と勘違いしるのです。やはり、シース先端またはカテーテル先端から造影して、動脈走
行を確認します。

 無理だと思ったら決してTRAにこだわることなく、アプローチ法を変えます。例え
ば、上腕動脈穿刺に変えるなら、同じシステムですぐに変更できます。

 このように、途中でアプローチ法を変えなければならなかったのは、術者側の問題、
患者側の問題を合わせても5%未満です。