圧迫止血とアダプティ
@ ステップティPによる圧迫止血と問題点
TRA(TRI)が日本で始まったころは術後の圧迫止血帯にステップティP(ニチバン)単独か、伸縮ベルト(シュナイダーバンド)による圧迫止血が一般的に行われていました。
ステップティPは、集中治療室などで橈骨動脈から18Gや20Gのカミューレを入れて持続的に血圧をモニターした後、その抜去時の圧迫止血に使用するように開発されたものです。ですから、圧迫時間がせいぜい1時間以内を目安に作られているので、長時間貼るとその粘着性のため皮膚に水疱ができます。そこで”2時間以上貼らないで下さい”という注意書きが付いています。
当院でも当初はステップティPとシュナイダーバンドの組合わせで使用していましたが、どうしても患者さんのなかで皮膚が弱い人には水疱が出来てしまいます。原因は橈骨動脈の圧迫力を、粘着テープで、しかも皮膚に対して横への張力で取ろうとしているところにあると考えられますし、さらに6Fr.シース抜去後に使用するため、本来の使い方である短時間使用ではなく4-5時間も付けていたこともあるでしょう。例えば、診断カテーテルをTRAで施行し、結果が良好なら翌日には退院でき普通の生活ができるシステムをせっかく作っているのに、患者さんが手首の水疱のため”20日間、家で赤チンキを塗りました”ということでは、患者さんに楽なはずのTRAが”何のこっちゃか”解らなくなってしまいます。ましてや、外来カテーテルなどを始めるなら、圧迫止血が完全なだけではなく、皮膚などの合併症を残さず、帰宅後の手首の運動制限などがないような圧迫止血帯が望まれます。
A 橈骨動脈の慢性期閉塞と圧迫止血法
橈骨動脈が慢性期に閉塞してしまう合併症は、ヘパリン量、シース挿入時間、シース外径と橈骨動脈径の比、圧迫止血法と関係していると思われます。文献的には長時間のカニュレーションが橈骨動脈閉塞率を上げることが解っています。橈骨動脈はシースを挿入するとほとんどフローがなくなるので、その時点から(手技の始めから)橈骨動脈の血流を遮断しているのと同じす。TRA(TRI)では手技が終わると速やかにシースを抜去するのが一般的ですが、長くシースを入れておくと閉塞率が上がるからです。
しかし、もしその後の圧迫止血で橈骨動脈のフローをなくすような強い圧迫を2時間すれば、それは2時間シース留置を延長したことと同じだと思います。手技後にシースを速やかに抜去するなら、その後の圧迫止血は橈骨動脈のフローを確保しながら行わないと意味がありません。
橈骨動脈を強く圧迫すれば、より早い止血が得られるかもしれませんが、TRAは大腿動脈アプローチと違って、手技後圧迫止血を始めた時点から安静度はほぼフリーとなります。ですからTRAの場合は、一刻も早い止血を望むよりは、ちょっと時間がかかっても橈骨動脈のフローを確保しながら行うべきです。
B 新しいTRA用圧迫止血システムの開発
ゼオンの”とめ太くん”、外国製の”ラジストップ”などいくつか手に入れて試用しましたが、使い勝手、患者の安静度、値段などで満足な物がなく、新しく作ってみることになりました。
開発コンセプトは
1、橈骨動脈の血流確保を確認しながら圧迫止血ができる。
2、皮膚刺激性が少なく、かぶれや水疱ができない。
3、患者の右手や全身の安静度をフリーにできる。
4、術後看護がしやすい。
5、患者の痛みが少ない。
6、値段が安い。
以上です。
C アダプティの完成
私が高校生の頃ギター少年だったせいか、全体のイメージとしてはギターのネックに付ける”カポタスト(通称カポ)”
のイメージとなりいくつか試作しました。ギターのネックは人の手首の太さとほぼ同じです。”その手首の橈骨動脈側にパットが乗った硬い板を作り、それを強さが調整できる弾性ベルトに固定して手首の裏に巻く”と、まるでカポそのものの圧迫止血帯が出来ました。
パット部分はステップティPを使用しており、全体としてステップティPのアダプターのようですので、アダプティと呼びました。前述の開発コンセプトはすべて満足していると思っています。
1、ベルトの締め具会いで橈骨動脈のフローを確保しながら止血が確認できる。
2、粘着テープを使ってないので、皮膚のかぶれや水疱ができにくい。
3、手首全体を固定していないので、患者の安静度はフリーでトイレも行けるし、右手で箸を持って食事もできる。
4、圧迫箇所の視野が広く、穿刺部の出血など合併症が見やすい。(看護がしやすく看護婦さんに喜ばれる)
5、尺骨側が圧迫されないので、手掌の腫脹が少ない事と、ベルトが無段階にきつく絞めたり緩めたりが可能で手首の痛みが少ない。
6、1患者あたりのランニングコストが安い。
現在アダプティはメディキット社が滅菌済みのディスポ(ベルトは再使用可能)として製品化している他、ゼオンメディカルもパットの替わりに透明のゲルを付けたラディスポ(製品名)を作っています。
C アダプティの使用方法
1,手技が終わったら穿刺部位を消毒し、ガーゼで水分をふき取る。
2,スパスムが起こっていないかどうかを確認するために、シースを2cm程引く。
3,スパスムが起こっていない事を確認したら、アダプティのパットの部分の中央をシース穿刺部にあて、尺骨側からフックを掛ける。
4,続いて橈骨側もフックも掛けるが、この時点ではまだベルトは強く締めない。
5,写真のように右手でバット部分と穿刺部を圧迫しながら、左手でシースを抜去する。
6,シースを抜去したら右手はそのままで、左手でベルトを締め固定する。
7,アクリル板が手首と平行になるように微調整たのち、橈骨動脈のフローを確認するために、圧迫部の前後で触知を確認する。触知しない場合はベルトを締める強さを再調整して必ず触れるようにする。
8,後ろから見た写真。これでできあがり。
D 安静度と圧迫時間
当院では、術後の安静度は初めからフリーです。トイレ歩行、食事(手技をしたほうの手でも)もOKです。
圧迫時間は、5Fr.使用で3時間、6Fr.使用で4時間で完全に緩めて、さらに数時間後に完全に取り外しカットバンに貼り替えます。前述しましたが、圧迫止血時間は、ベルトの締め方を強くし橈骨動脈のフローをなくせば短くすることが可能ですが、それでは慢性期の橈骨動脈閉塞率を上げることになるかもしれません。大腿動脈や上腕動脈アプローチ後の圧迫止血と違って、TRAでは術直後から痛みや安静度の制限がないので、3−4時間の圧迫時間をあえて短くする必要はないと思います。
アダプティを付けたままの食事もOKです。